2022年 8月

「関西佐賀県人会」の皆様、日頃より多久市へのご支援誠にありがとうございます。

多久市は、佐賀県の中心に位置し、緑豊かな自然に囲まれたまちです。

今回は、多久市西多久町に江戸時代から伝わる伝統野菜「女山大根」をご紹介します。

令和4年6月29日、佐賀県多久市西多久町内で栽培されている「女山大根(おんなやまだいこん)」が、農林水産物や食品を地域ブランドとして保護する国の地理的表示(GI)保護制度に登録されました。佐賀県内の農林水産物では初めての登録になります。(登録番号 第121号)

~歴史と現在~

「女山大根」は、250年以上前から栽培されていたとされ、江戸時代の多久地域を記録した文献「丹邱邑誌(たんきゅうゆうし)」(1847年)に登場し、多久出身の儒学者草場佩川(くさばはいせん)は、詩や絵に好んで取り上げています。また、110年前に「女山大根」の品評会を実施していた記録が残っています。

「女山大根」は、大きすぎて市場の規格に合わず、市外に出回ることがなかったため、自家用としてわずかに栽培されるのみで、自家採種を繰り返していくうちに、ほかの大根と混ざり合い、在来種本来の色や形は次第に失われたこともあり、昭和初期にはミカン等への転換によって一時消滅しかけました。

しかし、ほかでは見られない在来の珍しい大根を地域の特産品として見直す機運が高まり、昭和60年代から佐賀県佐城農業振興センターや多久市が一体となり産地復興に取り組み始め、地域にわずかに残っていた種子を、佐賀県の農業試験研究センターに持ち込み、10年近くかけて交配、選抜を繰り返して本来の姿・形を復活させることに成功しました。

平成7年にオープンした地域農産物直売所の目玉産品として生産振興を図り、産地復興当時は2~3名の生産者による1tにも満たない生産でしたが、令和2年は約30名の生産者が約10tを生産しています。「女山大根」の出荷時期は、12月中旬から2月下旬までです。

~特性~

「女山大根」は、アントシアニンを含む、美しい赤紫色をした赤首大根で、成長すると4キロから5キロになり大きいものは10キロを超えるが肉質は緻密で「す」が入りにくく、一般の青首大根に比べて糖度が高く、特徴的な色と煮崩れしにくい特徴から、煮物のほか汁物や和え物など料理の具材として珍重されています。


問い合わせ先
多久市役所 農林課 農政係
〒846-8501 多久市北多久町大字小侍7番地1
TEL:0952-75-4825
多久市ふるさと情報館~幡船の里~
〒846-0041 多久市西多久町大字板屋6157番地4
TEL:0952-74-3239

有田工業高校野球部の初戦突破を祈願して関西佐賀県人会から激励金が送られました。

去る8月12日(金)、2022年第104回夏の全国高等学校野球選手権大会で春夏連続の名誉ある出場を果たした有田工業高校の山崎哲也校長先生、佐賀県高野連から松尾真也理事長様、深町俊善会長様、馬場健太事務局長様の4名が試合前日のタイトなスケジュールの中、佐賀県関西・中京事務所へご挨拶に来所されました。

県事務所で行われた激励会では、吉原 修所長と村山 毅課長に出席頂き関西佐賀県人会を代表して八田会長、桟副会長、丸尾副会長並びに中村副会長らが同席のもと、八田会長より松尾真也理事長へコロナ感染にも負けず甲子園での初戦突破を目指す有田工業野球部の必勝祈願の気持ちを込めて激励金が渡され、試合当日には関西に住む佐賀県出身者が初戦突破を期して応援団を結集して声援を送るので頑張って欲しいと激励の言葉を送りました。


記:広報部会 丸尾


~有田工業高校ー粘りの野球で初戦突破を狙うも惜しくも敗退!~

有田工業は県大会の決勝で神埼清明に勝利し、夏の出場は9年ぶり2回目。初出場だった今春の選抜に続き2季連続の甲子園出場となった。8月13日甲子園大会8日目の第1試合に佐賀県代表:有田工高(対)島根県代表:浜田高が行われた。

一時は野球部員のコロナ感染によって出場の危機も報道されたが、高野連の英断で行動待機を考慮され、8日目の組み合わせで出場が可能となった。学校側も全国の有田工高応援者も胸を撫で降ろした。そんな経緯を経て、選手も応援団も試合が始まる前から意気さかん、一塁側のアルプススタンドは赤の応援シャツが眩いばかりでした。

試合は一回表に1点が入り、このまま地方戦で見せたチーム打率3割越えが爆発すれば、楽に勝てるかもと期待したが、相手の浜田高は3回に反撃開始、ヒット2本と足で塁を進め、そこに悪送球が重なり2点を献上、その後、有田工は5回表、四球と一打ヒットで1点を返し同点となり振出にして俄然面白くなったが、6回裏に4本のヒットで3点を取られ、又差が3点となった。そこは、佐賀県大会で見せた粘りの野球で7回表に1点を返し2点差に迫った。残りの2回を粘りで返してくれるのを願ってブラスバンドと共に懸命の声援を送ったが2点差のまま5対3の惜敗となった。しかし、部員たち36名の顔は甲子園で野球ができたことの喜びで晴ればれとし、来年も更に力をつけて戻ってきたいと燃えていた。

記:広報部会 本山

~「伊万里がんばろう応援団」の創設と政策提言について~

先月7月24日(日)夕刻より、伊万里市の深浦弘信市長と、総合政策部の東嶋陽一部長、秘書課の川口吉野様を大阪市内に迎え標記の内容について説明と 質疑応答を交え、伊万里市の更なる魅力アップを熱く語って頂きました。

当方「関西伊万里んもん会」からは、松尾正則顧問、丸尾会長、山田副会長、長尾幹事と事務局から本山が参加いたしました。 全体の経過説明は東嶋部長より、先月7月に出来立ての政策提言を資料に基づき1.政策アドバイザーとは 2.その内容 3.スケジュールの流れ等、趣旨の説明がありました。

深浦市長からは、より多くの政策提言を纏め、これまで以上に市で適切なる予算等を組んで実現できることは目に見える形で取り組みたい。また多くの市民に更なる魅力アップ活動を実行してまいりたいと抱負を述べられた。

説明会終了後には、「関西伊万里んもん会」としては、丸尾会長を政策アドバイザーとして、年2回開催の「政策会議」代表として参加してもらうことになりました。丸尾氏は日ごろから「関西伊万里んもん会」の役員会やふれあい伊萬里んもん会でも故郷伊万里への思いは熱いものがあり適任であるとして参加者で推薦いたしました。

第1回目の会合開催は8月19日、伊万里市内で開催と発表されました。

「伊万里がんばろう応援団」の創設と政策提言・・・令和4年7月 市総合政策部



レポーター 「伊万里んもん会」事務局長 本山 幸一

「関西佐賀県人会」の皆様、日頃より佐賀市へのご支援誠にありがとうございます。

幕末から明治維新期にかけて日本の近代化の礎を築いた佐賀藩。佐賀市には幕末維新期にまつわる史跡や施設が随所にあります。

今回は、昨年令和3年9月にリニューアルオープンした「佐野常民と三重津海軍所跡の歴史館」をご紹介します。

~~~「佐野常民と三重津海軍所跡の歴史館」~~~

日本赤十字社の父として知られ、また医師であった佐野常民は、30代の前半から45歳頃まで佐賀藩海軍の発展に足跡を残しています。歴史館に隣接している三重津海軍所跡は、2015年に『明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業』の構成遺産として世界遺産に登録されました。この史跡は幕末に佐賀藩が造った洋式海軍の拠点施設です。

ここでは、佐賀藩が担当していた長崎警備を強化する為に、洋式の海軍士官を養成すると共にオランダから購入した蒸気軍艦の修理をしました。また国産初の実用蒸気船凌風丸の建造も行われました。現存する地下遺構のドライドック(乾船渠)は、西洋技術の導入だけではなく日本の在来技術を巧みに融合するなどして、試行錯誤の末に1861年までに造られています。

館内のリニューアルでは、佐野常民の80年の感動の生涯を、迫力のパノラマ映像や長さ23mの年表で紹介。また、三重津海軍所の遺跡については象徴的遺構であるドライドックの木組み遺構の一部を原寸大で再現、縦7m横17mの大型スクリーン、映像ホール等を新設して運用を説明し、当時の三重津海軍所の様子を体感できる、解りやすい施設として生まれ変わりました。

【所在地】〒840-2202佐賀市川副町大字早津江津446-1
【開館時間】9:00~17:00(最終入館16:30)
【休館日】月曜(休日の場合は翌平日)、年末年始、その他臨時休館日あり
【観覧料】大人500円・小中高生200円・未就学児無料 ※障がい者減免制度あり
(20人以上の団体の場合)大人350円、小中高生140円
(年間パスポート)大人1,000円、小中高生400円
【TEL】0952-34-9455
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